プレッシャーに負けるな!今の苦しさを強さに変えろ!
通信制高校・サポート校新宿合同説明会に参加(新宿住友ビル47階)

新宿駅西口の地下道入り口付近になる作品。気になって写真を撮り、「いつだれが」を記録してみた。
1699年12月27日 スバルビル 新宿の目私はここが創られるとき工学院大学に通学しており知っていなくてはいけないのだが通り過ごしていた。当時の噴水は華やかだったが今は枯れている。新宿が最も熱かった時代のさなかに生まれ、この街の変遷を今日まで見続けてきた。興味のある人はリンクをクリックして。
新宿会場・住友ビルは近いので気分的に楽。10時から「体験談を聴く会」が行われた。次のような言葉が私の脳裏に残った。羅列で、
中学校ではやれることもやれない、言えることも言えない、まさに檻の中にいるようだった
サポート校に入った時は自分を隠し「近寄らないで、触らないで」でわざと敬語を使った
慣れるに従い心の余裕ができ仲間との信頼を勝ち得た
先生ではなくスタッフと呼びまるで家族の構成員みたいだ
高校にはスポーツ推薦で入ったが人間関係がうまくいけず通信制高校へ
頑張れなかった自分へのいら立ち、両親・監督等への申し訳なさ
これではいけないと一念発起
人と関われる仕事をしたいので医療関係の大学へ進学
通信制は時間があり自分なりに有効に使える
とにかく自分の頑張り次第、今は充実している
授業がつまらないと学校もつまらない
初めてサポート校に足を踏み入れた瞬間に「こんにちは」と挨拶された
私が思い浮かんでいた学校だ、ここなら通える
中学校で不登校になり修学旅行も行けず学校という名前すら嫌いになった
「学校に行けるまで待っているよ!」という母の声が嬉しかった
今日はあえて一番前で聴いた。彼女・彼らのいいところは聞き手の目をしっかり見据えて答えているところだ。ちょっと前までは人前に立つこともできず話すことはとんでもないことだった。会場には約70名の方が聴き入っていた。私の後ろには4月からサポート校の担当になる先生が研修に来ていた。しっかりノートもとっていた。この姿勢が絶対必要なんだ。
マツンのたわごと 新宿って変な街
住友ビルの入り口にまた変な置物が

これって何だろう ちょっと調べてみたくなった なるほど
江戸のいいたま玉ちゃん
マツンの真剣な声 しんどいけど丁寧に聞いてあげることが大事
明日のために
今日は12組の方と相談した。嬉しいことは4人の生徒が来てくれたこと。自分のことなんだから自分が苦しまなければ。という話を生徒にしていたら隣のお母さんの目から涙が流れ出てきた。初めての経験。帰る前にもう一度顔を見せて、とお願いした。4人とも来てくれた。みんな明るい顔をしていた。あるお母さんが、「この子の笑顔を初めて見た」という言葉が印象的であり深刻なことである。

新宿駅西口の地下道入り口付近になる作品。気になって写真を撮り、「いつだれが」を記録してみた。
1699年12月27日 スバルビル 新宿の目私はここが創られるとき工学院大学に通学しており知っていなくてはいけないのだが通り過ごしていた。当時の噴水は華やかだったが今は枯れている。新宿が最も熱かった時代のさなかに生まれ、この街の変遷を今日まで見続けてきた。興味のある人はリンクをクリックして。

中学校ではやれることもやれない、言えることも言えない、まさに檻の中にいるようだった
サポート校に入った時は自分を隠し「近寄らないで、触らないで」でわざと敬語を使った
慣れるに従い心の余裕ができ仲間との信頼を勝ち得た
先生ではなくスタッフと呼びまるで家族の構成員みたいだ
高校にはスポーツ推薦で入ったが人間関係がうまくいけず通信制高校へ
頑張れなかった自分へのいら立ち、両親・監督等への申し訳なさ
これではいけないと一念発起
人と関われる仕事をしたいので医療関係の大学へ進学
通信制は時間があり自分なりに有効に使える
とにかく自分の頑張り次第、今は充実している
授業がつまらないと学校もつまらない
初めてサポート校に足を踏み入れた瞬間に「こんにちは」と挨拶された
私が思い浮かんでいた学校だ、ここなら通える
中学校で不登校になり修学旅行も行けず学校という名前すら嫌いになった
「学校に行けるまで待っているよ!」という母の声が嬉しかった

マツンのたわごと 新宿って変な街
住友ビルの入り口にまた変な置物が


これって何だろう ちょっと調べてみたくなった なるほど
江戸のいいたま玉ちゃん
マツンの真剣な声 しんどいけど丁寧に聞いてあげることが大事
明日のために
